End of the World

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廃墟レポ。〜軍艦島編〜
気づいていたら新年明けていました、おめでとうございます。

今年は昨年よりも活動的にいきたいな、と思っております。


この間軍艦島まで写真を撮りに行ってきたのでその写真を何枚か載せようと思います。

今回で2回目で上陸は初だったのですが、船酔いする方には正直あまりオススメ出来ません。

船の揺れが凄かったです、デッキに上がった時は最早遊園地のアトラクション並で振り落されるんじゃないかって位でした。

それでもどうしても行きたい!という方は酔い止め薬をしっかりと飲んで行かれる方が良いかと。

ツアー自体は約2時間(滞在時間は4〜50分程)なので、ゆっくり見る時間はあまり無かったです。

見るポイントは全部で3箇所で、そのポイントで止まってガイドの方が当時の説明をしてくれる感じでした。






軍艦島全景。






裏側のアパート群。






当時ではとても珍しい連絡通路。






奥の白い建物は小学校だったみたいです。






崩壊っぷりが凄まじい。
























栄枯渇水とはまさにこの事だな、と実際に足を踏み入れてしみじみと思いました。

繁栄していた場所が今は廃墟、時代の流れを痛い程感じられる場所でした。

池島レポはそのうちにでも。

twitterの方が更新率高めなので、こちらも宜しければ。

https://twitter.com/magicrain0101



それでは皆様、今年も良き廃墟ライフを。

YoRu
| 17:10 | 廃墟レポ | comments(0) | trackbacks(0) |
廃墟レポ〜小串鉱山〜
新年明けましておめでとうございます、YoRuです。

今年も廃墟を求めて彷徨いたいと思っておりますので、生温く見守って頂ければ是幸い。

新年一発目のレポは小串鉱山です。

もう2年前位に行ったやつですが、今まで行った廃墟で一番キツかったです。

田舎者のくせに山をなめていました、いやーいけるっしょ的なテンションで行くもんじゃない。

長野県と群馬県の境目に位置する小串鉱山。

昭和4年に創業し、昭和46年の閉山まで硫黄を生産し続けた鉱山だそうです。

標高1630m付近に位置する超高山都市だったそうですが、そんな厳しい場所に最大2000人もの人々が生活していたというのだから驚きですね。

私達一行が向かった季節は5月でしたが、まだ雪が残っていたので通常なら車で途中まで行ける距離を最初から徒歩という無謀に近い挑戦をするはめに。

「ここから歩き…?どうする?行く?」

「馬鹿か、ここまで来たら行くに決まってんだろうが」

こんな時だけ誰よりも男らしい私、そんな一言から行くのが決定。





なんかもう幻想的過ぎるねーとかなんとか言いつつ、見えるのは山と細い道だけ。

あの山を曲がったらきっと着くよね、を5回程繰り返しました。

大事な事なので2度言いますが、5回程繰り返しました。

心と足が折れそうになった時、やっと鉄塔が。

とりあえず鉄塔まで1時間半掛かりました。





標高1700mに佇む鉄塔はまさに圧巻。





どれだけ高い場所なのかお分かり頂けるだろうか。
酸素が薄いとはこの事なのかと嫌でも解る位息切れが酷かった。





高山植物と鉄塔。
あと何年佇んでいられるのだろう。





朽ち果てた鉄塔。



鉄塔を撮り終わり下をふと見ると、廃墟らしきものが。

でも肉眼だと豆粒なみ。

「…え、行く?」

「いやいや、行くだろ」

行きました。

下の廃墟まで約2時間歩き。

足が砕けるかと思いました、マジで。





後で調べたら変電所だったみたいです。
小串鉱山で唯一残っている廃墟。





中。
あと何年持つだろう。





機械。
錆具合が素敵。





幾多に重なるパイプが本当に綺麗。





これは何の機械なのだろう。






選鉱所跡。
鉱山はとにかく規模がでかい。
圧倒。





残留物。
歯ブラシとかも落ちていました。





全てが夢の跡。
なんだかとても切なくなった。



写真には収めませんでしたが、小屋に見えたのは石造の地蔵尊を安置した二つの御堂でした。

一つは創業以来の死者を供養する地蔵堂。

4kmほど下の斎場に安置されていた地蔵尊で、鉱山が閉鎖された後ここに移設したとあります。

もう一つは、昭和12年(1937)の地すべりによって殉難した、245名の霊を供養する地蔵堂だそうです。

供養に訪れる方々が今も後を絶たないとか、だからか道は綺麗に舗装されていました。

往復で6時間位歩きましたが、途中で足首がぐにゃんぐにゃんになって歩けない位でしたが、行って本当に良かったと思える場所でした。

夏は途中まで車で行けるので、往復1時間位歩けば行けるみたいです。

くれぐれも冬〜春は行かない様にしてくださいね。



それでは今年も宜しくお願い致します。



YoRu

| 12:10 | 廃墟レポ | comments(0) | trackbacks(0) |
廃墟レポ〜廃鉱山編〜

お久しぶりです、YoRuです。

最近は夏に地元に帰ったっきり廃墟巡りには行けておらず、廃墟不足になりつつあるので来月辺りにでもまた行き始めようと思っている次第です。

私の地元は青森なのですが、青森は廃墟まみれというか(それもそれで過疎っているという意味では寂しいものですが) 廃墟好きな私にとってはやはり田舎は良いものだと帰省してしみじみ感じました。

最近は専ら廃鉱山を中心に出向いており、帰省した際には小去沢鉱山,松尾鉱山へと行ってきました。

今日はそのご紹介を少し。


廃鉱山の何が良いってもうスケールがでかい、とにかくでかい。




松尾鉱山は本当に圧倒的なスケールで、目の前に突如現れた姿を見た時は軍艦島を思い出しました。

写真は旧緑ヶ丘アパート遠景ですが、第二の軍艦島と呼ばれるのも判る気がしますよね。

ですがこの日は土砂降りの中での撮影、クマとハチと警備にガクブルしながらシャッターをがむしゃらに押していたのでホワイトバランスやらなにやら全部無視www

仕方ないよね!

夏に訪れたというのもあるのでしょうが、ハチと野生のクマ(目の前をコグマが通過…)に心がボッキリ折れ建物の中には入れませんでした。

というのも松尾鉱山は現在でも鉱毒処理施設が稼働している為、日中は関係者がウロウロしているので警備がかなり厳しいです。

興味本位で中に入るのはかなり危険なので、くれぐれも注意しましょう。



続いて小去沢鉱山ですが、小去沢鉱山は現在は観光地となっていて資料館やら小さな遊び場等もあるのですが、そこから下るといきなりでかい煙突が姿を現します(写真参照)

閉館時間を過ぎると人一人いなくなるので、わりとすんなりと中に入れました。



とにかく無音、虫の鳴く声と私達一行の足跡しか聞こえない。

スケールがあまりにもでかすぎて声を失うほどの圧巻。

無心になってシャッターを切りました。

廃鉱山問わず廃墟全てに言える事ですが、過去と現在の空間がこんなにも入り乱れている所は廃墟以外で感じた事がありません。

ゆっくりと自然に還って朽ちていくその経過が本当に美しく、だから私は廃墟に訪れては写真に収めるのだなぁと、長年の栄光に幕を閉じた小去沢鉱山を眺めながらそんな事を考えていました。




撮り貯めた写真も増えてきた事なので、年内には個展をやりたいなと考えています(ギリギリ12月末になりそうな予感大)

その際には此方に情報を載せるので、お時間がある方は是非とも足を運んで頂ければと思います。

また2010年度の廃墟カレンダーに続き、毎回お世話になっているKetchさんと来年度のカレンダーを製作中です。

今回もデザインはKetchさんが担当してくださっています、皆様にお披露目出来るのが今から楽しみですのでそちらも是非チェックして頂ければ是幸い。



そのうち写真を沢山UP出来る様にしたいな、したいな。

また近々廃墟レポを載せたいと思います。

それではまた!




YoRu





| 15:52 | 廃墟レポ | comments(0) | - |
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